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谷中の住宅地に潜む瀟洒な建物、パティシエショコラティエイナムラショウゾウ。ショーケースを覗くと、ずらりと並ぶ端正なケーキに目が奪われます。オーナー・シェフの稲村省三さんが、一軒目のパティシエイナムラショウゾウを上野桜木にオープンしたのは、2000年のこと。今回は、上野にも縁が深い稲村さんにお話を伺いました。
フランスのシャルルプルーストコンクールで銀賞、イタリアのSIGEPに日本代表として参加し金賞を受賞するなど、輝かしい経歴を持つ稲村省三さん
「最初のお店は人通りが少ない袋小路にあったので、オープン当初は静かでした」と稲村さん。しかし、以前近くに住んでいた経験から「この辺りには"食"にこだわる人が多い。こんなお店ができれば興味を持ってもらえるはず」と予想していました。その読みは当たり、
評判を聞きつけた人たちで店はやがて賑わうように。
その後、2008年には現在地にショコラティエイナムラショウゾウをオープン。今は2店舗を統合し、パティシエショコラティエイナムラショウゾウとして営業しています。
赤い庇がいいアクセントとなり、街の風景を明るくしています
スイスやフランスなどヨーロッパで修業を積んだ稲村さんは、帰国後、1986年にホテル西洋銀座に入社。14年間シェフ・パティシエを務め、「ホテル西洋銀座軍団」といわれる優秀な人材も育てました。そんな稲村さんに、ホテルスイーツの世界とは違う、個人店の魅力を尋ねると「主人が店にいること」。確かに、作る人の顔が見えるとお客はうれしい。いまでもバースデーケーキの注文を受けると、必ず稲村さんが手掛け、「こちらでよろしいですか?」と自ら確認するといいます。
「お菓子は主食ではありません。あくまで人を和やかな気持ちにするための道具」と稲村さん。家族、友人と一緒に食べるのか、あるいは一人なのか、シチュエーションはさまざまです。作っている時には、どんな人がどんな状況で食べるのか、くわしい物語まではわからない。「でも、その場が幸せで満たされるように思いを込めています」。
タイミングが合えば、売り場から稲村さんが腕をふるっている様子が見えます
スペシャリテは「上野の山のモンブラン」。店を始める時、地元の人に喜んでもらえるものを用意しようとアイデアを練ったそう。「上野は修業時代に暮らしたパリに似ているんです。上野の山はモンマルトルの丘。アメ横はマルシェ。そしてお墓と美術館がある。さらに、鶯谷はバーやクラブが立ち並ぶ歓楽街・ピガールみたい。上野に住んで、こんなに文化の厚い、いい場所は他にないと思いました」。
フランス産のマロンを使った「上野の山のモンブラン」4,700円。クリームは滑らかで、自然な栗の風味が心地よい。ミニサイズ700円も(いずれも税込)
谷中の名所「夕焼けだんだん」からインスピレーションを受けた「谷中」などショコラも並ぶ
現在の店舗を見つけたのも、街を歩いていた時。「よく行く店で知り合いになった人と話が弾んだんです。帰りに家まで送ったら、その途中に緑に囲まれたエリアがあって、この物件を見つけました」
2軒あった店は、現在1軒にまとめられましたが、以前からのお客も変わらず足を運ぶ。「谷中にオープンしてからは若いお客様も来てくれるように」なったらしく、より多くの人に愛されるようになりました。
チョコレートを使ったケーキも豊富。どれにしようか迷うのも店を訪れる醍醐味の一つ
パティシエショコラティエイナムラショウゾウのケーキはどれも美しい。けれども、決して前衛的だったり、華美に飾り立てたりしているわけではありません。「味には形がありませんが、口に入れるとすぐわかる。お客様がおいしいと思うのが大事」と正攻法を貫く。テーマは「素材の味を生かした凛と立った味」「食べていただいた後の満足感・満たされる感じ」。素材に対するこだわりも、大きな個性の一つです。
天草の晩柑や日向夏、愛媛のニューサマーオレンジは、農家まで足を運んだという稲村さん。「71歳になりましたが、新しい出会いはいまもあります」と目を輝かす。もうすでに知っているフルーツも、その味は食べてみるまでわからない。「人と同じです。先入観に邪魔されることもありますし、見た目だけで決めつけるのはいけません」。
「お客と直接コミュにエーションを取るのは販売員」と接客も重視する稲村さん。販売員のプロフェッショナル育成のため、2009年に一般社団法人全日本ヴァンドゥーズ協会を立ち上げました。写真のバッジは、ヴァンドゥーズ認定試験に合格した証
ちなみに、お店にはパティシエショコラティエイナムラショウゾウをモチーフにした「起こし文(ぶみ)はがき」が(https://uenogasuki.tokyo/2023/05/post-1049.html)。こちらは、谷中在住のデザイナー・山岡進さんによる作品です。この商品が誕生したのは、やはり谷中にあるうなぎ屋、千根やに飾られていた山岡さんの作品(谷中の風景を題材にした「街並はがき」)を稲村さんが目にし、感動したことがきっかけ。「うちのも作って欲しい」とお願いしたのだとか。
街に対する愛着が深い稲村さん。休日には、前述の千根や、幸寿司、そば屋の川むらなどに、よく出かけているそうです。そこで会話に花が咲き、新たな縁が生まれることもしばしば。それがお菓子作りの原動力にもなっているのかもしれません。
パティシエショコラティエイナムラショウゾウの「起こし文(ぶみ)ハガキ」440円(税込)
PÂTISSIER CHOCOLATIER INAMURA SHOZO
住所 東京都台東区谷中7-19-5
TEL 03-3827-8584
営業時間 10:00~18:00
定休日 月曜・第3火曜(月曜が祝日の場合は翌火曜、その他不定休)
https://www.inamura.jp/(外部サイトへリンクします)