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こんにちは、編集員の山田です。
皆さんは、家族や友達と「かるた」で遊んだ思い出はありますか。
台東区では、学校の授業の1つとして、地元をテーマにした「郷土かるた」が注目されています。
その郷土かるたの上野版を製作した東京上野かるた協会会長 釜井様に、上野の郷土かるた「上野界隈かるた」についてお話を伺いました。
■“上野界隈かるた”の生まれた由来
山田:上野界隈かるたは、上野の名所や住民ならではの想いが詰まった俳句が多いですが、上野界隈かるたを作るきっかけは何だったのでしょうか。
釜井:上野界隈かるたを作ろうと思ったきっかけは、都の助成金を得て「湯島花いっぱいの会」の緑化活動を行ったことです。この会は、文京区湯島周辺で道路脇の緑道(90m)に花を植える活動をしているのですが、その後多くの方に上野地区の緑を楽しみながら触れてもらいたいと思い、上野界隈緑百物語、文京区緑百物語という本を制作しました。
上野や文京区の緑を多くの方に知っていただきたいと、上野界隈緑百物語、文京区緑百物語の制作に取りかかりました。この上野界隈緑百物語を制作する際して、五條天神社や上野公園などの取材を進める中で、上野界隈の人々の温かさと、緑の多さに気付きました。この多彩な上野をもっと幅広い世代の方々に知っていただくにはどうしたらよいか?と考えたときに、ふと「かるた」が良いのではないかと思いつきました。
山田:この「上野界隈かるた」の俳句や絵はどうやって集めたのでしょうか。
釜井:台東区教育委員会の後援のもとに小学校の児童から俳句を募集し、絵は小学校の絵の先生にお願いしました。集まった俳句を中心にEUのファンロンパ大統領や街の有識者の協力を得て50枚の「上野界隈かるた」を作成しました。
毎年俳句を募集をしているため、「上野界隈かるた?」も制作しました。
山田:小学校とも連携していらっしゃるのですね。自分が作った俳句や絵がかるたになるのは児童にとってうれしいことだと思います。3月19日(日)にはかるた大会が開催されるとお聞きしましたが、何かをお手本にされたのでしょうか?
釜井:近江神宮の百人一首の大会をモデルにしました。近江神宮で開始される百人一首の大会はとても有名なために連絡を取り、様々なことえお教えていただきました。百人一首の大会の正式名所は、近江神宮奉納かるた大会といい、格式のある大会であったため、上野では、上野界隈緑百物語を制作するときからお世話になっている五條天神社で行おうと考えました。実は依頼した後に知ったことですが、五條天神社は、句歌とかかわりのある家系で、宮司である瀬川家は、江戸幕府柳営連歌師の家系だそうです。
山田:五條天神社と俳句とは身近なところに縁があるものですね。
■「上野・御徒町エリア」のオススメ。
山田:先ほど、上野界隈緑百物語や文京区緑百物語の制作を通じて、上野には多彩な表情があることを発見したと伺いましたが
おすすめする上野スポットを教えてください。
釜井:上野には、良い場所が多くありますが、一番は「上野公園」です。あれほど大きな公園は数少ないと思いますし、春にはさくら、秋にはいちょうと、四季を通じていつでも楽しめます。また、公園内に多くの文化施設や学校があるのは、日本の公園の中でも上野公園だけなのではないでしょうか。緑を楽しむことができ、文化的な場所でもある上野公園はおすすめです。
山田:上野界隈緑百物語を制作を通じて、初めてお知りになったことはありますか?
釜井:上野公園に摺鉢山古墳があったことはご存知ですか?今は、小高い丘になっており、看板を設置していますが、この古墳は6世紀ごろに作られ、上野公園ではこの頂上が最も標高の高い場所です。また、丘上は、創建時の五條天神社が鎮座していたそうです。(上野界隈緑百物語にも記載しています。)つまり、五條天神社は、この古墳の丘上からはじまり、そして現在のところに移動したのです。
山田:上野公園内に古墳があったとは驚きました。また、五條天神社も昔からあの場所にあったと思いこんでいましたが、
まだまだ知らない発見が多いです。
■最後に「郷土かるた」について一言
山田:最後に、今後の「郷土かるた」について釜井様の想いをお聞かせください。
釜井:郷土かるたを通じて、人と人との交流が生まれればうれしいことです。かるたのルーツは、平安時代から始まり、現在でも形は変わりましたが、根本的なところは変わっていないと思います。それは、今後100・200年経ってもかわらないでしょう。これからも郷土かるたの大会を開催したり、募集した俳句を展示したりして、人と人が交われる場所を作り、地元愛を高める郷土かるたを普及していきたいと思います。
今回、ご協力いただきました 東京上野界隈かるた会長 釜井様 ありがとうございました。