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2026.09.04【ねぎし三平堂】「昭和の爆笑王」と呼ばれた初代・林家三平師匠に会いに行こう!

古くから正岡子規や、中村不折など、多くの文人・文化人が住んでいた根岸。JR鶯谷駅南口の古い駅舎付近には、今もそこはかとなく下町情緒が漂います。

 

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活躍の歴史、生前の愛用品など、初代・林家三平さんにまつわるものが展示されている

 

根岸にゆかりのある人物といえば、「昭和の爆笑王」と呼ばれた初代・林家三平さんもそのうちの一人。家族、内弟子、同居人たちとにぎやかに暮らしていたそうです。現在、自宅の一部を改装し、記念館「ねぎし三平堂」として毎週水・日曜に開堂。「三平を通して昭和を知ってもらいたい。懐かしんだり、新たな発見をしてほしい」と、息子の二代目・林家三平さんは言います。

 

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展示室の前で、初代・林家三平さんの等身大パネルがお出迎え

 

日本に空前の演芸ブームが巻き起こったのは、昭和の高度経済成長期。白黒テレビが普及し、それまで寄席に通わないと観られなかった落語や漫才が、テレビで気軽に観られるようになったのがきっかけでした。初代・林家三平さんも、一躍お茶の間の人気者に。落語家として、テレビタレントとして幅広く活躍しました。

 

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初代・林家三平さんの仕事机。プライベートの愛用品など、ここでしか観られない展示品が多数

 

展示室になっている場所は、元々初代・林家三平さんが使っていた部屋。「誰からも愛される人だった」そうで、自宅でも「学習塾は儲かる。ゼニナール」などとよく冗談を言っていたとか。展示品からは仕事の側面はもちろん、普段の人となりが伝わってきます。プライベートの愛用品には、妻であり、一門にとっては女将でもある海老名香葉子さんによるコメントが添えられ、いきいきとした生前の姿が思い浮かんできます。

 

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展示室に高座を再現。初代・林家三平さんの等身大パネルが今にも語り出しそう

 

展示室には高座を再現。実際に使用された道具も陳列されています。

初代・林家三平さんが得意とした「リズム落語」は、「好きです、ヨシコさん」のフレーズに始まり、アーコーディオンの演奏に合わせて小噺を披露していく独自のスタイル。定型ではないこともあり、覚えるのが難しかったようです。真打ち昇進のお祝いに十一世市川團十郎から贈られた扇子には、ネタのキーワードが書き込まれています。当初、香葉子さんは「これは表には見せない部分だから、芸人の矜持を思うと隠しておいてあげたい」と言っていたそうですが、貴重なものなので展示することにしたといいます。

 

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展示品は貴重なものばかり。時系列に並べられ、高度経済成長期の活気まで伝わってくる

 

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芸人の命ともいえるネタ帳も展示。30年以上つけていたという日記も一部公開され、普段の人柄が垣間見える

 

また、時事ネタをふんだんに取り入れる作風も、初代・林家三平さんの特徴の一つ。

「新聞やニュースをこまめにチェックして、よくメモを取っていました」

長年日記をつけていたそうで、几帳面な文字が人柄を表しているよう。ネタ帳には、思い付いたことの走り書きが細かく書かれています。

 

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上野・アメ横の「二木の菓子」。

「ニキ、ニキ、ニキ、ニキ、二木の菓子!」でおなじみのCMには初代・林家三平さんが出演していた

 

レコードの音声や、出演CMの映像も楽しめ、目だけではなく耳でも味わえる「ねぎし三平堂」。1980年に54歳の若さで亡くなってから、早くも50年以上経ちますが、ものまね芸人がモチーフにするなどいまだに影響を与えています。

ぜひ足を運んで、三平ワールドを直に体験してみてください。「昭和の爆笑王」がきっと笑わせてくれるはず。

 

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根岸の住宅地に「ねぎし三平堂」の暖簾がはためく

 

ねぎし三平堂

住所 東京都台東区根岸2-10-12

開館時間 11:00~16:00

開堂日 水・日曜のみ

料金 1000円

JR山手線鶯谷駅から徒歩6分

https://sanpeido.com/(外部サイトへ移動します)

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