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2020.03.05岩倉高校放送部ー旧東京音楽学校奏楽堂羽ばたくオルガンの音色

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旧東京音楽学校奏楽堂の外観

 

こんにちは、岩倉高等学校放送部の中村です。
今回は、旧東京音楽学校奏楽堂に行ってきました。日本最古の洋式音楽ホールであるこの施設は、東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)の重要な施設として明治23年に建築されました。一昨年耐震補強やパイプオルガンの修理などを終え、リニューアルオープンしました。長い歴史を持つ由緒ある場所の魅力をご紹介します。

 

【質問・中村】
この施設にはどのような歴史がありますか。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
明治23(1890)年に東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)の校舎として建てられました。当時としては日本で一番古い西洋式の音楽ホールで、「西洋音楽とはどのようなものか?」ということを研究しながら、一般の方への普及活動や、瀧廉太郎や山田耕筰などの音楽家を育てる役割を担ってきました。その点で、日本の近代音楽史において果たした役割はとても大きいと思っています。

 

【質問・斎藤】
その当時から現在まで色々なことがあったと聞いていますが。

 

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旧東京音楽学校奏楽堂の取材風景

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
昭和40年代くらいに、「新しいホールが欲しいから(こちらを)壊しましょう」という話がありました。しかし、明治時代から日本を代表する音楽家を育てた、まさに「日本の近代音楽史のメッカ」になる建物なので、さまざまな議論がありました。音楽学校や藝大で育った音楽家や建築家は「壊さないで残しましょう」という運動をおこしました。

 

【質問・中村】
すぐに話はまとまったのですか。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
なかなかそうもいきません。藝大側はあくまで「新しい音楽ホールが欲しい」という意見。そこで第三者の台東区が管理を引き受けて、引き取って復原するということになりました。結局、藝大の敷地から今のここに移って、昭和62(1987)年に「台東区立旧東京音楽学校奏楽堂」という正式名称に変更され現在に至っています。

 

【質問・和田】
ここではどのようなジャンルの音楽が演奏されていますか。

 

 

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旧東京音楽学校奏楽堂のホール(全体)

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
クラシック音楽を日本に根付かせて育てた音楽ホールという歴史があるので、原則はクラシックが専門です。日本の伝統音楽(三味線や箏など)の演奏も行っています。主に藝大生や藝大の先生が演奏することが多いですね。

 

【質問・三輪】
話題になった出来事などはありますか。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
やはり、一昨年にリニューアルオープンしたことが大きいですね。昭和62年からずっと皆に愛されて使われてきたホールなので、25年~26年経つと老朽化が目立ってきました。
そこで5年間の休館期間をかけた工事をしました。ようやく晴れて再開したというのが大きいですね。

 

【質問・斎藤】5年越しの再開は多くの方が喜ばれたのではないですか。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
はい。再開にあわせて記念式典を開催しました。建物だけでなくパイプオルガンも修復しました。

 

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旧東京音楽学校奏楽堂ホールにあるパイプオルガン

 

【質問・中村】
歴史のあるパイプオルガンについて教えてください。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
もともとこのオルガンは、このホールの為につくられたものではないのです。

 

【質問・三輪】
ホールの主役のような存在感ですが。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
大正時代に、徳川頼貞(とくがわ よりさだ)侯爵という方がいました。この方は、通称「音楽の殿様」と呼ばれた方で、自宅に音楽ホールをつくるくらい大の西洋音楽好きだったそうです。自宅に音楽ホールをつくりパイプオルガンを設置しようと、大正9(1920)年にイギリスから輸入したそうです。

 

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旧東京音楽学校奏楽堂のホール(ステージ側)

 

【質問・和田】
ということは、最初からあるわけではなく、後からここに運ばれてきたのですね。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
そうです。関東大震災で頼貞侯爵の自宅の音楽ホールが壊れてしまったそうです。その際にパイプオルガンは被害を逃れたそうで、昭和3(1928)年に東京音楽学校へ寄贈したそうです。

 

【質問・中村】

受け継がれてきたとても貴重なオルガンなのですね。

 

【旧奏楽堂・毛利さん】
今も音楽ホールと同様、現役パイプオルガンとして、月に最低2回はミニコンサートを開いたりして、皆さんにお聴きいただいています。今年で100歳なので、記念の演奏会や企画展示を計画したいと思っています。

 

[まとめ]
誕生から長い年月が経ち、集う人々、さらに学校の名前が変わっても、受け継がれ、今も音楽を奏で続ける奏楽堂。その象徴ともいえるパイプオルガンは、長い年月の記憶が刻まれても変わることのない柔らかく優しい音色が響がせるそうです。これからも東京音楽学校が掲げていた「和と洋の音楽の融合」という理念を守りつつ、数多くのメロディーを私達に聴かせてほしいです。

 

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旧東京音楽学校奏楽堂内の展示品

 

[感想]


(中村)
前から足を運んでみたかった場所だったので、今回取材出来たことが嬉しいです。メインともいえる音楽ホールは、足を踏み入れた瞬間、明治時代にタイムスリップしたかのような空間が広がっていて驚きました。この施設に対する人々の想いと愛があったからこそ、ここまで復原出来たのだと思います。今回の機会を通じて、「何かを大切にする」ことがいかに重要かを改めて感じました。

 

(和田)
復原の際にホールのカーテンの色が分からず、夏目漱石の小説の一説から推測したというエピソードを聞いて驚きました。指定文化財だからこその制約も多い中、それでもこの旧奏楽堂を守っていくという関係してきた人々の熱意がよく伝わってきました。

 

(三輪)
館内に入ってすぐ現れるガラス窓や柱など、当時のものを使っているからなのか、どこか懐かしく温かい空気に包まれました。ここから瀧廉太郎のような音楽家が育っていったと思うと感慨深いものを感じます。音楽に興味がある方もない方も、クラシックの神髄を感じることが出来る場所だと思います。

 

(斎藤)
施設内は明治時代当初の素材を使用して再現されており凄いなと思いました。また、パイプオルガンのパイプ数は全部で1,379本。コンサート用としては日本最古のものであるという歴史と同時に、その壮大さに圧倒されました。このオルガンは今年で100歳を迎えるということなので、今度、生の演奏を聴きに行こうと思いました。

 

 

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取材終了後に毛利さんと一緒に記念撮影

 

 旧東京音楽学校奏楽堂のホール(全体)

 

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