受け継がれてきた長き歴史を未来へつなぐ取り組み
こんにちは、名古屋学芸大学の「わか」です。
この企画では、学生ならではの視点から松坂屋名古屋店で働く方々の魅力を発信していきます。
松坂屋414年の歩み、歴史の重みとは

今回は、「一般財団法人 J.フロント リテイリング史料館」の事務局次長である中島基晴さんにお話を伺いました。
――中島さんの仕事内容について教えてください。
中島さん:「一般財団法人 J.フロント リテイリング史料館」という部署は、会社とは独立した組織となっており、松坂屋が所有する史料等の文化的資産を未来へ継承し学術文化の振興に寄与することを目的に活動しています。
具体的にはわが国の文化遺産である松坂屋コレクションの衣裳を所蔵したり、大丸松坂屋百貨店の創業・歴史に関する貴重な史料の維持管理や公開・貸出・展示運営などの事業を行っています。
日々の業務としては、所蔵物について社内外からの質問や要望をお聞きし、調査や情報提供、画像提供などを行っています。時にはニュースや報道番組などのテレビ番組に出演し、松坂屋や百貨店の歴史について話をすることもあります。また、南館7階にある「松坂屋史料室」では、3ヶ月ごとに企画展を企画・運営しています。

――松坂屋は歴史が長く、勉強も大変かと思います。仕事をしている中で大変なことはありますか。
中島さん:社内・社外問わずさまざまな質問が寄せられますが、期待される回答ができなかったときが1番残念ですし、悔しい思いをします。
――この仕事の楽しさや、やりがいがあれば教えてください。
中島さん:寄せられた質問を調べる中で、これまで知らなかったことを知ることができるのが、一番面白くもあり、うれしいことですね。史料室に配属されてから、上司の勧めもあり学芸員の資格取得にチャレンジしました。学生時代ぶりにレポートや試験に取り組んだことは大変でしたが、久しぶりに“学ぶ”という体験ができ、貴重な経験となりました。
いつまでも“学ぶ”ことを楽しめる姿勢や学びたいと思える気持ちが素晴らしいと感じました。どんなときも学ぶことを忘れない人生でありたいです。
――続いて、松坂屋の歴史についてうかがいます。簡単に松坂屋の歴史について教えて下さい。
中島さん:松坂屋は、1611年(慶長16)に名古屋で呉服小間問屋として創業いたしました。実は、松坂屋は我が国最古の歴史を誇る百貨店となんです。1910年(明治43年)には、株式会社いとう呉服店として栄町に進出し、名古屋初の百貨店を開業しました。
松坂屋にはそんな長い歴史があったんですね!驚きです!

――当時はどのような百貨店だったのでしょうか。
中島さん:今は「歴史のある松坂屋」というイメージだと思いますが、当時は最先端を行く百貨店でした。以前は、すべての百貨店が履物を脱いで店内に入る形をとっていました。そんな中で、一番最初に土足入場を始めたのは松坂屋なんですよ。
他にも、会社名から「呉服店」を外し「松坂屋」としたこと、福袋の原型といわれている「多可良函(たからばこ)」を販売したこと、エレベーターガールを導入したこと、これらすべて、松坂屋が最初だといわれています。土足入場が始まったことで、今まで履物を保管していた地下のスペースが必要なくなりました。そこに食料品店が入ったことが、現在のデパ地下のはじまりとも言われています。
今のイメージと違う松坂屋の姿に驚きました!でもその「攻め」の姿勢があったからこそ、現代まで継承されているのだなと感じ、改めて、歴史の重みを実感しました。

当時配布されていた館内図も当時の資料として保管されていました。
当時のフロアガイドとのことですが、絵本のようなページをペラペラめくると、フロアごとに手書きの絵が描かれています。いろいろな配布物がアナログからデジタル化している現代に、とても新鮮で、今こんなフロアガイドがあったら素敵だろうなと思いました。
――続いて、南館7階 松坂屋史料室について教えてください。中島さんのチームで企画されているとのことですが、どんなものを展覧しているのですか。

中島さん:松坂屋史料室では、1611年の創業以来の松坂屋に関する貴重な史料や、我が国の文化遺産である松坂屋コレクションの衣装等を展示・公開する企画展を定期的に開催しております。現在(取材当時)は「浮世絵の中の松坂屋」展を開催しています。

この企画展は、「いとう松坂屋(現在の松坂屋上野店)」が描かれた浮世絵を中心に、歴史上の人物とのエピソードを紹介するというもの。
呉服店が店先に掛ける暖簾として、松坂屋では「いとう丸」を染め抜いた赤い暖簾だったそうですが、江戸時代の浮世絵や、夏目漱石の俳句など数々の文人にも詠まれ、当時の市中でも親しまれていたことがわかりました。夏目漱石や歌川広重とか私も知っている有名な歴史上の人物が登場していることに驚きました。なんと浮世絵も本物とのこと。

お話を伺った後だったからこそ、浮世絵に描かれた昔の松坂屋の姿がより深く理解できたような気がします。履物を脱いで入場している様子や、販売員にもさまざまな役割があることがわかる場面が鮮明に描かれていて、松坂屋の歴史だけでなく、浮世絵のすばらしさも感じることができました。
また、史料室の外には、松坂屋410年の歴史が記された年表が飾られており、歴史を改めて感じました。
――松坂屋の“未来”について、どんな想いをお持ちですか?
中島さん:どういった形でこの百貨店業界が残っていくのかな?と考えることはありますね。また、新しい人が大丸松坂屋に入社して、会社の歴史を知らない人が今後も増えていくと思います。これが悪いことだという話ではなく、少しでも会社の歴史に関心を持ってもらい、先人たちが自分たちに残してくれたものを知って、現在の仕事に活かしてもらえると良いですね。これからの人達に歴史を継承していくことも、我々の重要な仕事の一つかも知れませんね。
働くことについて、学生へアドバイスをお願いします。
中島さん:昔は会社に入ったらずっとそこで働き続けることが当たり前でした。
でも今は転職したり起業したりとさまざまな働き方があると思います。
お給料や待遇ばかりを気にするのではなく、その会社自体を愛せる人になってほしいですね。重ねられた歴史、DNA、想いを感じて、縁あって入社した会社を愛して働いてほしいですね。
取材を終えて
今回の取材を通して、松坂屋の長い歴史について知ることができました。
歴史の長い百貨店ということは知っていましたが、改めて“414年”という数字を目の当たりにすると、とても驚くと同時に、自分もその歴史を創っている一員であることをうれしく思いました。
中島さん、この度は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!
《今回のゲスト》

一般財団法人 J.フロントリテイリング史料館
中島基晴さん(右)
趣味は音楽鑑賞(コンサート)やスポーツ観戦。
ライター:名古屋学芸大学 わか

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