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2026.08.18

パリを生きた画家たち -エコール・ド・パリの時代- 生誕140周年記念 藤田 嗣治展

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パリを生きた画家たち -エコール・ド・パリの時代- 生誕140周年記念 藤田 嗣治展

「魅せられし河:オペラ座の夢」 銅版、ED:315部

 

2026年に生誕140周年を迎えた、エコール・ド・パリを代表する画家、藤田 嗣治。1913年にフランスへ渡った藤田は、繊細な線描と独自の「乳白色の下地」による裸婦像で、1920年代のパリ画壇に大きな成功を収めました。
本展では藤田 嗣治を中心に、世界各地からパリへ集い、独自の芸術を追求したエコール・ド・パリの画家たちをご紹介いたします。国境を越え、多様な才能が交差したパリ芸術の豊かな世界をご覧ください。

 

 

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「魚クハヘタ猫」 墨、グワッシュ

 

【作家プロフィール】 藤田 嗣治(レオナール・フジタ)

1886年 東京市牛込区新小川町に生まれる。
1905年 東京美術学校予備科に入学。東京美術学校西洋画科に入学。
1910年 東京美術学校西洋画科本科を卒業。
1913年 門司から日本郵船三島丸で渡仏。
           年末にモジリアニ、スーチンと知り合う。
1919年 初めてサロン・ドートンヌに出品。出品した6点全てが入選。
           その年に会員に推挙され、パリ画壇での大きな一歩を踏み出す。
1920年 渡仏以来の研究の結晶である裸体を秋のサロンに出品。
1921年 サロン・ドートンヌの審査員に推挙される。
1923年 サロン・デ・チュイルリーの会員となる。
1925年 フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を贈られる。
           ベルギー政府よりレオポルド勲章を贈られる。
1927年 銅版画1点、ルーブル美術館に収められる。
1929年 17年ぶりに帰国。東京朝日新聞社屋で個展を開催。

1930年 パリに帰る。その後ニューヨークに渡って個展を開催。
1935年 大阪の百貨店食堂に壁画、銀座の喫茶店コロンパンに天井画を制作。
1937年 資産家・平野 政吉と共に美術館の建設を構想。「秋田の行事」制作。
1940年 第2次世界大戦の戦火迫るパリを脱出し、帰国。
1943年 戦争画「アッツ島玉砕」を発表。
1947年 ニューヨークのケネディ画廊で近作の展覧会が開催され好評を博す。
1949年 代表作の一つとなる「カフェにて」を制作。羽田から空路にて渡米。
1951年 秘蔵の労作「我が室内」等の数点をパリの国立近代美術館に寄贈。
1955年 フランス国籍を取得。日本芸術院会員を辞任。
1959年 カトリックの洗礼を受ける。洗礼名「レオナール」。
1961年 第一回トリエステ宗教美術展金賞。
1966年 第2回近代日本洋画名作展に出品。
1968年 1月29日、81歳にて逝去。2月3日、ランスのカトリック大聖堂で葬儀。
           ノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂(フジタ礼拝堂)に埋葬される。
4月勲一等瑞宝章追贈。

 

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会期/8月19日(水)~25日(火)※最終日は17時閉場
会場/大丸神戸店 8階 gallery TOART(ギャラリートアート)

※8月22日(土)10時~17時はご招待以外の方はクローズとなっています。

 

galleryTOARTではInstagramでもご紹介しています。どうぞご覧くださいませ。

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