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2022.07.04

シャンパーニュが有名になったワケとは・・。

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シャンパーニュが有名になったワケとは・・。

シャンパーニュ地方で今日のような泡のあるシャンパンが作られたのは、

1680年頃といわれていますが、

この地方は、実はそれ以前からワインで有名でした。

 

まず、フランスの初代国王が、496年のクリスマスの夜に

今日、世界遺産に登録されているランス大聖堂で戴冠しました。

これ以後、シャンパーニュでの戴冠は、19世紀まで続く伝統となり、

実に25人のフランス国王がこの地で生まれました。

 

当時のシャンパーニュ地方のワインは、微発泡のような

ロゼワインに近い色合いの赤ワインであったと言われていますが、

戴冠後の宴席で、シャンパーニュワインが提供されると

お祝いに駆けつけた諸侯たちの間で評判になります。

また、繊維都市として発展していく過程で、商人たちの間でも

このシャンパーニュ地方のワインが広まっていきました。

 

そして、1284年には、後のフランス国王フィリップ4世が、

ナバラ女王ジャンヌ(フアナ1世)と結婚し、

ナバラ王国とシャンパーニュ伯領を支配下に収めたことで、

王領直轄のワインとして、宮廷で活用されるようになります。

 

王侯貴族から商人まで、様々な階級の人に愛されたシャンパンは、

1700年代になって、ようやく今日の安定した泡のあるスタイルに行き着きました。

 

そして、革命後にナポレオンがワーテルローの戦いで大敗したため

補償品としてロシアに搾取された結果、

シャンパンは初めてロシアでの大口顧客の獲得に成功します。

世界に向けて有名になる第一歩です。

 

シャンパーニュは、国王の戴冠、商業の発展、

敗戦後の搾取と様々な歴史の狭間で、実に強かに、

少しずつ今日のスタイルに進化しながら、その名声を広げていきました。

 

シャンパンが今日これほど有名になったのは、

フランスの歴史に翻弄された結果と言っても過言ではありません。

 

 

グラティオ・ピリエール 

トラディション エクストラ ブリュットNV 750ml 税込6,600円

 

画像

 

1657年から続くファミリー企業。

ヴァレ・ド・ラ・マルヌに15kmにわたって広がる畑は、

80%がピノ・ムニエ、15%がシャルドネ、5%がピノ・ノワール。

最も高い割合を占めるピノ・ムニエは、日本では補助品種として軽んじられていますが、

育てるのが難しく、高い技術を要するぶどう品種。

 

最も古い樹は、樹齢50年近くのもので、18ヘクタールに広がる畑では減農薬(レゾネ)栽培で、

自然への干渉を極力抑え、環境に最大の配慮を払っています。

 

草を生やすことで、雨季に作業がしやすくなり、大雨による土の侵食を抑えます。

ブドウにしっかり手をかけることで、素晴らしいテロワールを守り、

秀逸なキュヴェをつくりだすことができるのです。

 

エクストラ・ブリュットは、糖分の添加を控えめにした辛口タイプで、シャープな喉越しと

長く続く余韻が楽しめる夏向きの1本。

 

 

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ショップ名

プルミエ クリュ

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